歴史の秘密

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印鑑が使われ始めたのは古代メソポタミアといわれています。
紀元前5千年くらいの話だそうです。

資料を見ると現在のように朱肉につけて押すような使いかたではなく、ゴロゴロころがして印をつけるようです。
そうと言われなければ、パッと見では印鑑とは思えません。

紀元前3千年あたりからは使用目的が複雑になり、所有や権力を示すために用いられるようになったようです。
古代人の残したものっていうのは大抵、権力の象徴が絡んできますからね。
後世まで残るように作ってあるからこそ、現存しているのでしょうし。

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現存している最も古い日本の印鑑ってなんだと思いますか?
残っているもので最古のものは大連之印です。
光武帝から授かったあの金印じゃないのかって?
あれは中国からもらったもので、日本のものではありませんから除外します。
大連之印は官印です。

大連というのは、読みはおおむらじといいますが、天皇の補佐として政務を行う役職の名前です。
この大連という役職は皇極天皇の即位とともに廃止された役職で、
それ以降は右大臣左大臣の役職に取って代わられたという記述が残っています。

廃止された時代は明確でもいつから始まったのかは不明で、ただ物部十千根が大連の職に就いたという記述が
一番古い記録だということです。
物部十千根はもののべのとおちねと読みます。
当時の豪族だったようです。
212年の頃のことだそうです。

しかしこの大連之印が歴代のどの大連のものだったか知るすべはなく、
結局のところこの印章がいつ作られたものなのかは現在でも分かっていません。

奈良・平安時代の印鑑

現在では一人一本は必ず持っている印鑑ですが、印鑑を押す概念が浸透したのは歴史を見てみると明治6年の10月1日に体制布告によって実印を捺印する制度が定められ、本当にごく最近のことであり、それまでは自筆のサインや人差し指で点を打つ画指という方法が一般的でした。
奈良時代には今で言う役所で使用される印の制度が整備されたのですがこの頃は個人が印を使用することはもちろん製造して所持することも禁止されていました。

そして平安時代に入ってやっと貴族に印の使用が認められる様になったのです。実際に平安時代の貴族でも有名な藤原氏の私印は今でも現存しています。
平安時代後期にかけては官印が使われることが少なくなったことで代わって花押(かおう)と呼ばれるものが広く使われるようになっていました。
花押とは署名の代わりになる一種のサインの様なものであり、書風によって公家、武家、禅僧、平民などに分類することができます。
花押は豊臣秀吉や徳川家康、武田信玄などインターネットで検索すると見ることができます。

戦国時代から昭和時代の印鑑の役割

戦国時代になると花押の習慣はそのままで私印が盛んに使用されるようになりました。
権力や威厳などを表現するために様々なデザインが登場し、織田信長の天下布武、豊臣秀吉の豊臣、徳川家康の福徳、上杉謙信の地帝妙などに私印は有名で、印影も細かく直線的なのが特徴で彫りも深いものとなっています。
また名前だけではなく信条や言葉などが使われているのも戦国時代の私印ならではです。江戸時代までは私印は公的なものではない要素が強く、公的な文書などに使用される様になるのは明治時代以降となるようです。

上でも書いた様に実印の制度が定められたのは明治6年の体制布告であり、10月1日は体制布告の定められた日として「印章の日」と言います。
このころには庶民にも私印の習慣が普及し始めていました。それでも読み書きが出来ない人が多くいた時代ですから昔ながらの画指などはまだ残っていました。
ちなみにハンコという言葉が生まれたのは江戸時代のことであり、この頃盛んに作られた木版画に用いられる版木をはんこうと読んだことが由来となっています。

現代の印鑑の役割

現代における印鑑の役割は重要であり、特に実印は自分を証明するものであり、捺印することで法律上や社会上で権利を主張することができたり、義務を負わなければならなくなるものです。
また認印も実印準じた効力を持つものであり、気軽に捺印することは好ましくありません。
印鑑を押す場面ではしっかりと書面などを確認し、押すことに責任を持たなくてはならないことを意識しましょう。


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